タフィ・ローズを捜しています

80年代、90年代のプロ野球の記憶などを記録していきます。最愛の野球選手であるタフィ・ローズに再会するその日まで。たまに野球以外の記録も。

プロ野球カード記録 その12

プロ野球カード記録、12記事目。

 

最近はパ・リーグのカードについて書くことが多かったので、今回はセ・リーグに絞ろう探っていたら、阪神タイガースの選手カードが見つかった。

さっそく記録していこう。

 

阪神タイガース

背番号0

中野佐資

 

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1993年のベースボールマガジン社製カード。

この時代の阪神背番号0代といえば、背番号00の亀山努が真っ先に思い出されがちだが、この中野選手も忘れてはいけない。亀山、新庄、その他のいわゆるシュっとした選手に比べると、丸っこくてどこかかわいらしいという意味でインパクトがあった。 

燃えろ中野 根性だ

男の意地だ 突撃中野

男のなかの男なら

お前のバットで決めてやれ

と、今でも中野選手の応援歌はソラで歌える。

 

なにより90年代初頭の阪神の話題は私の大好物だ。

 

私は、今はスワローズ、バファローズを中心に応援をしているが、小学生高学年頃、大スター・新庄剛志の活躍に影響され、「野球といえば阪神という観戦生活を送っていた。

大阪に住んでいたとう点も大きい。テレビを点ければ阪神戦が中継されていたし、試合以外にも、週に最低2つはタイガース番組が放送されていた。

なかでも「週刊トラトラタイガース「ダイナマイト・タイガース!」が主な2番組だったように記憶しており、私がよく観ていたのは後者だった。ダンカンと遥洋子が司会で、村山実氏などの大物OBや現役選手など豪華ゲストが登場することもしばしばあり、異様に勢いのある番組だなぁ、と子供ながらに思ったものだ。

ダイナマイト・タイガース!の次の時間枠に放送されていたのが、90年代によくあった、ちょいエロ番組「西川のりおののりノリ天国」だったということも味わい深いがそちらの思い出は割愛。

 

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この黄ばんだ画像は、そんな小学生時代(1993年頃)に自分が切り抜いたテレビ欄である。

 

今でこそ勤労の義務を果たし、その稼ぎで好きなだけ球場に出向いて観戦し、イベントに参加してキャッキャしているが、お金も時間もアシも限られていた小学生時代、いつも中継や球団番組を観るだけでは収まらない熱を帯びていた。

テレビ欄の切り抜きですら、当時の自分にとっては重要なチームの情報源であり、もっと言えば野球グッズのひとつとしてカウントしてよいという認識をしていたように思う。

こんな切り抜きをとっておくなんて、ちょっと貧乏であたまがおかしい小学生だった、と言えばそれまでかもしれない。

それでも応援する選手やチームは違えど、そこまで好きだったプロ野球を、ブランクを挟みつつも、今もなお好きであり続け、球場に通い、こうしてブログを綴ることができているのは、幸せなことだ思う。

この切り抜きをした当時の私が、ふたたびプロ野球に夢中になっている現在の私の姿を見たら、すごく喜んでくれるのではないだろうか。

野球観戦を再開するきっかけとなった選手や球団、球場、試合。そしてそのための資金を自分で稼げている自分自身と、理解を示してくれている周囲への感謝を忘れてはいけない。

 

つい、冗長で気持ち悪い脱線をしてしまったが、これもオフシーズン特有の症状なので仕方がない。

 

中野選手の話に戻そう。

成績についてはカード裏面に記載のとおり、レギュラーより代打でたまにみる…といった具合で、残念ながらこのカードが発行された年に現役を引退。

現在の状況については個人的にあまり好ましくないウィキペディア頼りになってしまうが、スポーツショップで勤務されているとのことだが、勤続されているのだろうか。

男のなかの男、どうかお元気でいてほしい。 

 

 

阪神タイガース

背番号2

松永浩美 

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同じく1993年ベースボールマガジン社製カード。

このカードを手に取ったとき、「出たよ浩美…」と思わずつぶやいた。

この時代の阪神では思い入れの強い選手のひとりなのだ。

 

在籍時の成績云々よりも、オリックスから阪神に移籍してきたのにたった一年で国内初のFA権行使、憎まれながらダイエーにさっさと移っていったジコチューおじさん、というイメージがこどもの頃の記憶として刻まれている。しかしこれも当時自分が大阪に住んでおり、松永のイメージを悪くするような阪神サイドに偏った報道ばかりに触れていたことが大きな原因だ。

そもそもそれらの報道が偏っていたことを知ったのは最近のこと。現在私が応援しているオリックス・バファローズの前身球団のひとつ、オリックス・ブルーウェーブならびに阪急ブレーブスに在籍していた選手ということもあり、改めて松永のことを調べる機会が増えたのだ。

 

阪急時代、私が敬愛する上田利治監督のもとで育ち、活躍した選手だったことを知り、またブルーウェーブ時代に「福良・遊ゴロ」で新人だった田口壮をベンチ裏でどやしつけたエピソードなどを読むにつれ、前述の「悪のイメージ」がどんどん払拭されていった。

 

そしてなにより、

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こちらよりお借りいたします)

 若いころの松永…いや、浩美…

かっこいい。

 

もし阪急時代に今の私が観戦しに行ってたら、相当入れあげていたかもしれない。

そんな浩美、現在は野球アカデミーで指導にあたられていたり、解説をしたり、ドリームベースボールなどの試合をされたりと、精力的に活動をされておられるようだ。(twitterもされているようだしフォローせねば!!)

 

 

今の浩美にも会いたいけれど、阪急時代の浩美の出待ちを西宮スタジアムでしてみたかった。

タイムマシンがあればいいのに。

 

・・・・

オフシーズンならではの歪んだ願望。季節性のこんな症状にも、もう慣れた。

割り切って楽しむしかない。

 

 

記録はつづく

プロ野球カード記録 その11

2018年11月。

当記事 執筆現在、福岡ソフトバンクホークス広島東洋カープによる、熱い日本シリーズが繰り広げられている。

 

初戦引き分けからはじまり、点を取られては取り返す熾烈なシーソーゲームの連続で、どちらのチームのファンではないながらも、目が離せずにいる。

もしかしたら、後々語り継がれる日本シリーズなのかもしれない。それぐらいの展開を毎日のように観ている気がする。

そんな熱戦の一方で、野球ファンならば誰でも、「来季こそは自分の応援するチームも日本シリーズに」あるいは「自分が生きているうちにせめてリーグ優勝を」と思うものではないだろうか。

Bクラスの常連となっているチームのファンならなおさら、優勝は高望みだとしてもCS争いはせめて…と願ってしまう。

望むのは自由だしタダだ。もう少し高いところを期待して応援しなきゃいけないよなぁ…という意味でも、今回のカード記録は、私が応援する"バファローズ" しばりでいこうと思う。

 

・・・

大阪近鉄バファローズ

背番号 5

村上 嵩幸

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近鉄バファローズ時代のものは以前こちらで記録したが、チームが大阪近鉄…になってからのカードである。配布年が記載されていないが、SNSでつながっている詳しい方の情報により1997年のものだと判明。(N様ありがとうございました)

最近は主に野球解説でお目にかかる機会が多かったが、2019年から中日ドラゴンズ 一軍打撃コーチに就任が決定した。与田剛監督による新体制の一員である。神宮球場での対スワローズ戦にて、中日ユニフォームでビシっとキメた村上氏を拝見するのが楽しみである。

 

 

大阪近鉄バファローズ

背番号 3

吉岡 雄二

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 2002年、大阪ドーム(現京セラドーム大阪)での主催試合の入場時に配布されたカード。

このカードには、私の "好き"が詰まっている。

まずこの吉岡氏は、当ブログのタイトルにもある、タフィ・ローズに深くかかわっているからだ。2015年、タフィが富山サンダーバーズでコーチ兼選手として活躍したのは、彼の呼びかけによるものが大きかった。

タフィが富山にいる頃、試合後に吉岡氏自ら道具を片付けていた姿が今でも忘れられない。サンダーバーズを含め、独立リーグで7年間指揮をとられており、野球が好きなんだろうな、という印象が強い。きわめて軽薄な表現だけれどもその言葉以上に出てこない。

あとは、この時代の近鉄ヘルメットに広告を出していた、コンビニチェーンのam/pmも懐かしい。同チェーンで売っていた「とれたてキッチン」のお弁当がおいしくて、10代後半のお昼ご飯は、そればかり食べていた(そして太った)。

コンビニ話はさておき、吉岡氏は2018年から北海道日本ハムファイターズの二軍打撃コーチを務めている。来季も同ポジションなのだろうか。かわらぬ手腕を発揮して、一軍でのお姿も拝見したいところだ。

 

 

オリックス・バファローズ

背番号 81

大石 大二郎

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2009年の球場配布カード。画像ではわかりにくいが、キラキラ加工がされている。大阪近鉄…になる前から、近鉄バファローズの俊足のアイコンであった "だいちゃん" こと、大石大二郎氏。

当ブログで何度か書いているが、私は2000年代、野球観戦から離れていたため、だいちゃんがオリックスの監督をしていた時期があることすら記憶になく、監督としての手腕やチーム成績などはどうしてもウィキペディア頼りになってしまう。

2008年に監督代行就任、同年8月に監督に正式に昇格。ウィキ情報が正しければ、タフィをはじめとする助っ人やベテランの活用も評価されていたとのことだが、翌年、チーム成績不振により監督辞任。シビアである。

現在は社会人野球チーム・ジェイプロジェクト硬式野球部監督を務められていると情報を得られたが、2019年も続投されるのだろうか。今後もご活躍されますよう。

現役時代の大石氏の打席で「だーーいちゃーーーん」コールができたこと、最後の藤井寺世代として誇りに思っている。

 

・・・

 

さて、日本シリーズの話に戻すと、今日現在ではホークスが王手をかけている。

それでもカープだって手ごわいチームだ。まだ勝敗はわからない。できるだけ長く野球を観ていたいという勝手な願いもあって、シーズン終盤にぜひともしつこく、ねばっこい展開をみせてほしいと思う。

レベルの高い試合を観ると、来季どうなるのか…と一抹の不安がよぎったりもするけれど…

 

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このだいちゃんみたいに、上をむいて、明るい来季を夢みたい。

 

 

 

記録はつづく

プロ野球カード記録 その10

知人より譲り受けた野球カード。せっかくだからブログに記録していこうと始め、今回が10回目。 

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カードはまだまだたくさんある。

 

カード記録記事を書く際は、特定のチーム・選手を基準にカードを選ぶ時と、束から無作為に引き抜く時の2パターンで主に回してきた。

 

今日は後者。束に指をつっこみ、エイ!と引き抜いたカードがこちら。

 

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竹馬にのった猿…

 

 

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オリックス・バファローズ

背番号555 

球猿 ゴウくん

 

2006年から登場したボールモンキー(球審にボールを手渡す猿)である。神戸モンキーズ劇場という、90年代にブームとなった猿軍団系の劇場出身。同時期にロッテマリーンズや広島カープの試合で活躍し始めた「ボール犬」に対抗しての採用だったようだ。

カード配布年は2007年。この頃私はプロ野球観戦から遠ざかっていたこともあり、このゴウくんのことはまったく存じ上げない。

ネットで検索したところ、

 

・球場に来るとイライラして落ち着かなくなり、2006年はボール渡しに成功したのは2試合のみ

・2008年にR-1ぐらんぷりに出場、2回戦敗退

 

と、心がひりひりする情報がヒットする。

球団再編からあまり時間もたっておらず、オリックスが集客のためにあれこれチャレンジしていた時期だったのだろうか。活動終了年もよくわからず、「ゴウくん 現在」でサーチをかけようとも思ったが、悲しくなりそうなのでやめておく。

 

次のカードの記録に進もうと思う。

 

 

ヤクルトスワローズ

背番号00

柳田聖人

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1995年のベースボールマガジン社製カード。

端正な顔つきの、「ヤクルトのギータ」(実際にはこの愛称はついていなかったが)。お名前は聖人と書いて「しかと」と読む。

ヤクルトで2年、南海時代を含めたダイエーでのキャリアが計12年。個人的にも、ダイエー時代の姿のほうが記憶に残っている。

2016年の情報によると、福岡県内のスポーツ用品店に勤務されているとのこと。現在も続けてお勤めされているのだろうか。あるいは学生野球の指導などに関わられているのだろうか。いずれにしても、お元気にご活躍されていることを願う。

 

さて、この柳田選手のカードを手に取り、プロ入り後のキャリアもさることながら、宮崎県立延岡工業高等学校のご出身である点に反応してしまう。

 

同校は、2018年シーズン限りでオリックス・バファローズの監督を辞任した、福良淳一氏の出身校でもあるからだ。

 

最後は無作為に引き抜いたカードではなく、こちらを記録しておこう。

 

オリックス・バファローズ

背番号78

福良淳一

 

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2018年プロ野球チップスカード。

就任期間の3年間、ずっとBクラス。ファンから厳しいコメントを浴びせられることが多かった福良監督。結果がすべてのプロ野球。そんなもんだ、仕方ない、とわかっていても、私は監督のことは嫌いではなかった。

 

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延岡工業高等学校 校門。遠くに映るのは、おそらく先述の柳田選手と福良監督の後輩であろう、野球部員。

これは2018年2月、私が春季キャンプ見学で宮崎県に行った際に立ち寄った時の写真だ。

 

「監督のことは嫌いではなかった」と書いたが、嫌いではないどころか、出身校を一目見たいと思うぐらいには好きだった。

もっとも、シーズン中に「福良が好き」なんて言おうものなら、他のオリックスファンから白い目でみられるような風潮があったように思う。

それでも私は、緑茶を飲む姿や、審判へのリクエスト時に描く四角形など、采配以外の部分でも試合を存分に楽しませてもらった。

退任の事実はやはり寂しく、10月5日の最終戦から日が経っていないこともあり、「福良ロス」状態である。

 

少しでも気持ちを前に向けるために、せめてこの場で感謝の意を記しておければと思う。

 

淳ちゃん、ありがとう。

お疲れ様でした。

  

来季からの西村オリックス・バファローズに期待しつつ。

 

 

記録はつづく 

 

 

 

 ・・・・・

Special thanks to C様

関東在住者がオリックス高額ファンクラブに加入してどれだけ楽しめるのか

  

10月だ。秋だ。

 

CSと日本シリーズを残して、シーズンの終わりが見え始めている中、2019年ファンクラブ概要をリリースし始めた球団もちらほら。早々に入会手続きを済ませた方、まだ悩んでいる方も多いのではないだろうか。 

私が主に応援するチームのひとつ、オリックス・バファローズのファンクラブ、Bs Clubの次年度要綱は10月2日現在まだ出ていないが、今からとても楽しみにしている。

 

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2018年、私はBs Club プレミアムメンバーとしてシーズンを駆け抜けた。このコースに10万円という金額を費やしたこともあって、「駆け抜けた」と表現したい。

 

野球ファンの間で、「Bs Clubの高額会費設定と内容は他と一線を画している」と話題になることが多いように思う。2018年の上位2コースはエクストラプレミアムメンバー・18万円と、上述のプレミアムメンバー・10万円だった。 

この高額2コースの目玉特典のひとつが、シーズン開幕直前に開催される激励パーティー参加権だ。1軍、2軍、育成選手と監督・コーチ陣と歓談できるという垂涎イベントに参加できるという話を聞いて、私もずっと気になっていた。

 

しかし、好きなチームとはいえ、野球ファンクラブ費用として躊躇せずにポン!と支払える金額ではない。キャンプなどのイベントでも選手と触れ合える機会はあるかもしれない。

ましてや私は東京在住。ホーム球場がある大阪から離れた場所に住んでいる場合、特典や優待を無駄にしてしまうというデメリットのほうが勝るのでは、という懸念もあったが、「今年だけ、10万円のほうをお試しで…!」という気持ちで入会を決意。

 

 

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野球に飢え切った3月、間近で選手のかっこいいスーツ姿を拝見できて、(写真のブレは興奮の証)

 

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至近距離で大好きな選手とお話しできるパーティーに参加できて、

 

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シーズン中にポイントを貯めて選手と写真撮影できたり…

 

へへ…入会してよかった。この内容で10万円はお得だし、なにより楽しい。来季も同等の特典があれば絶対入会する。

 

早々に感想と結論を書いてしまったが、この一文に尽きる。

 

激励パーティー以外の特典もたくさん提供されたわけだが、関東在住者が大阪のチームの高額コースに入会して、どのように楽しめたのかを記録しておきたい。

 

記載内容はいずれも2018年度のものとなり、今後変更の可能性は十分にある。また感想はあくまで私個人のものになるが、Bs Clubの高額コース内容に興味がある方、またBs Clubに限らず、居住地から離れたチームのファンクラブへの入会を迷われてる方にとって、なにか参考になることがあれば幸いだ。

 

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◆自分が楽しめる特典を絞る

ホーム球場から離れた地域に住むファンクラブ会員にとって、この項目がもっとも重要だと思う。いろいろもらえる特典の中から、これだけは絶対に外せないというものを絞り、それが入会費用に見合うかどうかを検討するのだ。

 

まずはBs Clubプレミアムメンバーの入会特典を列挙してみる。

 

前述の3月の激励パーティー以前にあるビッグイベント、

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12月の新入団発表記者会見観覧権。

 

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バッグ2種、タオル2種、サードユニフォーム(いわゆる配布ユニ)1着、

 

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背番号&ネームが選べるオーセンティックユニフォーム1着に、

 

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そしてホーム球場での全試合分のチケット+招待券複数枚。

これらが2月頃、小分けにして自宅に届けられるので毎回ドキドキした。

ちなみに特典の総額をざっと計算すると10万円をゆうに超えている。

 

無形特典として、前売チケット割引や京セラドームの会員制カフェテリアでフリードリンク・スナックを楽しみながら試合前練習を観る権利が付与され、観戦来場ポイント、チケットやグッズ購入時のポイント率も、レギュラーメンバーの倍になる。

タオルなどの日用品特典はガシガシ使うとして、全試合分のチケットを多く消費したり、ポイントサービスなど、球場にしょっちゅう通えないと活用しにくい特典については、もったいないが全力で活用するのは無理だとあきらめることにした。

私の場合、冒頭に記載した激励パーティー参加が一番の目的で、これだけに10万円(別途チケット8,000円の購入が必要なので実質108,000円と交通費)に支払ってもよい、というふうに考えた。  

  

 

◆イベント参加・遠征方針と予算を決める

チーム本拠地と自分の居住地が離れている場合の大きなデメリットとして、前述の特典ロスと、ベント参加やホーム試合観戦のための遠征にかかる旅費があげられる。

このあたりは個人の体力・財力・使える時間によるので、「私の場合は」を前置きに読み進めていただきたい。

私は激励パーティー参加という主目的達成後、なるべく多くホーム試合を観戦したかったので、格安バス・格安宿・ゲストハウスを活用して旅費を節約し、浮いた分でまた遠征するようにした。

格安バスで早朝に大阪入りし、朝チェックインできる新今宮の安宿で仮眠をとり、シャワーを浴びて京セラドームがある3駅先の大正に向かう、というパターンはとても快適だった。予算第一で周りを気にしないのであれば「新今宮 格安」「新開地 ゲストハウス」で検索してみてほしい。高速バスも安いプランがたくさんヒットするし、私と同世代の30~40代女性と思しき利用者も多く安心した。

ちなみにシーズン外の方針としては、追加出費がかかるキャンプやファンフェスなどのイベント参加は見送る予定だ。締めるところは締める、といった感じだ。

 

 

◆限られた機会を楽しむ

最初の項目「自分が楽しめる特典を絞る」の内容に通じるものがあるが、ファンクラブ入会直後から「こんなにお金を払ったのに楽しくなかったらどうしよう」とか「なんとしてでもモトをとってやる」という考え方は絶対にしないように決めた。

高速バスで時間をかけて行く大阪・神戸で勝ち試合を観てはしゃいだり、限られた遠征で地道にポイントを貯めて、選手と写真を撮っていただいたり。

また、友達と一緒に観戦する時、チケットが特典で半額になって喜んでもらえたり。

機会や回数が限られる分、自分が参加できる試合やイベントを楽しむことにフォーカスした。

 

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特典のオーセンティックユニフォームに激励会でいただいたロメロ選手のサインはプライスレス

 

Bs Club高額コースは、本拠地の試合をより楽しみ、イベントを通して選手をより好きになれるための投資と言える。

 

…などと書くと、綺麗にまとまり過ぎている感があるが。

居住地問わず、自分がほしい特典とファンクラブ費用が見合うと思えるファンの方は、1年だけお試しする気持ちで入会してみるのは十分にアリだと思う。 

 

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当記事執筆現在、今シーズンのオリックスは公式戦2試合を残すのみである。

 

KANSAI CLASSICを皮切りに、本拠地で観戦する機会を多く持つことができた。どうしても行きたい試合やイベントのために夜行バスで早朝に大阪入りし、同日のうちにまたバスに乗り込み、東京に戻ってそのまま仕事するなどという無茶も何度かしたが、「駆け抜けた」感があって、それもまた楽しかった。

 

来季のチームメンバーと勢いもさることながら、2019年 Bs Clubの特典内容が気になるところである。値上がりしていたらどうしよう。それでも自分なりの楽しみ方は確立できたと思うから、継続入会するだろう。

ファンクラブ特典イベントにフル参加して暖をとり、秋冬を乗り切っていきたいところだ。

 

 

記録はつづく

 

Special thanks to K様

ファンクラブ入会を迷っていたところ詳細情報を教えていただきありがとうございました。

プロ野球カード記録 その9

気づけばもう8月も終わろうとしている。

 

自分のブログ更新頻度が低いこともあって、出だし文章に「気づけばもう〇〇な時期か」を多用しがちだ。

 

この記事を書いている2018年8月27日現在、セ・リーグの首位広島にマジックは点灯しており、各球団とも10月の試合分のチケットをぼちぼち売り出している。

上位をマークしているチームのファンは、クライマックスシリーズのことも考え始めているのではないだろうか。

「もうそんな時期か」としか言いようがないのだ。

 

私がセ・リーグで応援しているスワローズは2位。

パ・リーグの応援チーム、バファローズは5位。

それぞれの所感は控えておくが、応援の意味を込めて、両チームにまつわる野球カードと関連資料を記録しておきたい。

 

・・・・

大阪近鉄バファローズ

背番号18 山本 省吾

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2002年、大阪ドーム(現京セラドーム大阪)の入場時に配布された、大阪近鉄時代のカードだ。

山本省吾投手は、2000年ドラフト1位で大阪近鉄バファローズに入団。バファローズオリックスになった後も2010年まで在籍し、その後ベイスターズ、ホークスを経て、現在は同ホークスのスカウトを担当されているようだ。

入団2年目のフレッシュな山本投手ご本人の姿もさることながら、表面写真のユニフォームといい、大阪ドーム時代の、背景の明るい緑の人工芝と水色のフェンスが懐かしい。

 

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裏面に「闘志をひとつに、V2へ。」のスローガンがあるが、前年2001年に12年ぶりのリーグ優勝を果たしていたと思うと、改めて感慨深い。

この年からたった2年後に球団がなくなることを知っていれば、私はもっと力を入れて観戦していただろうか…などと、この年代の話題になると、球団再編のアレコレでどうしても感傷的になってしまうので、別の資料の話をしよう。

 

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カード裏面に記載されたラッキーナンバー。当たればプレゼントがもらえたのだろう。当選者は「ショップバフィにお越しください」と誘導されている。ショップバフィとはどんなところだったのか。

 

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2002年から遡ること5年、大阪ドームがオープンしたての1997年に発刊された、球団イヤーブックに「ショップバフィ」の様子が掲載されている。

5年差があるが、そこまで周辺の景色に違いがなかったと予想しつつ、記録しておきたい。

 

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「新キャラクターたちが大集合!アイテム大充実 ショップ バフィ」

球団本拠地の移転に伴い、キャラクターたちも刷新されたての1997年。わずかではあるが当時のドーム付近の景色が垣間見える。

案内地図から察するに、現在ドーム前のイオンがある場所に「ショップバフィ」はあったのだろう(違っていたらどなたかご教示ください)

2018年8月現在、このショップは当然存在せず、グッズショップはドーム内部に場所を変え「Bs SHOP」として営業されている。

 

今でこそ、各球団とも多様なグッズ展開をしており、「推しに課金する」といった表現などが浸透しつつある。

でもひと昔前は、選手ごとのグッズも少なく、試合前後に球場周辺のワゴンでメガホンやブロマイドなどを、限られた小遣いでチマチマ買うことはあった気もするが、独立店舗型のグッズショップ自体、馴染みがなかったように思う。

大阪ドーム時代にちょこちょこ観戦しに出かけたけれど、個人的に、このショップバフィに立ち寄った記憶は皆無だ。

 

「グッズ展開も少なく」と前述したが、この時代、どんな近鉄グッズが展開されていたのかも、同イヤーブックに収録されたカタログで見ることができる。

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選手ごとのグッズはやはり少ない。新マスコット・バフィたちのグッズが主力商品だったのだろう。プロモーションの気概は感じられるが、それでも見開き2ページ分。現在の球団グッズカタログは、30ページをゆうに超える品数だから、やはりこの時代はまだまだグッズ自体が少なかった。(今の品数が多すぎるとも言える?)

 

グッズを手にした記憶はないが、唯一はっきりと覚えているものがある

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選手と撮影できる近鉄プリクラ(佐野投手Ver.)

撮影時は1998年夏。私は高校二年生。後ろの男性は兄だ。

選手のフレームと、「よっしゃ~!!」や「いてまえ~!!」など数種類のフレーズが選べたように記憶している。同時期、同じように大阪ドームのプリクラで撮影した方の思い出話なども聞いてみたいところだ。

 

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先に掲載したイヤーブック、せっかくなので背表紙も。近鉄グループの遊園地「パルケエスパーニャ」のコースター広告。このアトラクションは現存しない。

 

このブックは、グッズ以外にも当時のチームの情報が盛りだくさんなので、また別の機会に詳しく記録をしようと思う。

 

 

ブログエントリは、あくまでも「野球カードの記録」なので、ショップバフィの話が長くなってしまったがもう1枚記録して〆としたい。

 

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オリックスバファローズ

背番号52 坂口智隆 

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2009年、ファンクラブ会員の来場プレゼントとして配布されたであろうカード。

野球好きな方に対しては説明しなくともご存知であろう、現・ヤクルトスワローズ背番号42として大活躍中。

オリックス時代からヤクルト移籍後初期まで「構成員」という呼び名のイメージが強かったし、カード裏面にもバファローズの切り込み隊長」などと書かれているが、今や「みんな大好きぐっちさん」のイメージのほうが浸透しているのではないだろうか。

 

ヤクルトに移籍して、ご本人にも、ファンにとっても良い結果となったと信じている。

長く活躍してほしいと願わんばかりだ。

 

・・・・

冒頭と重複するが、8月が終わる。

応援するチームがどういう結果を残そうと、ファンとして楽しく観戦を続けるべく、気持ちを整える時期…などと、ポジティブな優良ファンぶってもいられなくなってきた。

 

頼むから勝ち進んでくれェァ…!!!!

 

 

記録は続く

ロメロがかぶった近鉄帽 KANSAI CLASSIC 2018観戦記録

2017年に初めて観戦して以来、バファローズ応援再開の大きなきっかけとなった、復刻試合企画「KANSAI CLASSIC」。 

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(のっけから興奮でブレブレのラッキーセブン時の写真)

2018年も例年通り5月連休に開催されたこのシリーズ。実家が大阪にあるので、帰省にこじつけて、張り切って全試合現地観戦してきた。

大興奮の初観戦からはや1年。つまりオリックスバファローズを応援し始めて1年経ったということになる。早いものだ。

観戦からはだいぶ時間が経ってしまったが、思いがけず入手した、ある帽子のことも交えて記録をしておこうと思う。

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私がいま最も力を入れて応援している、ステフェン・ロメロ選手が、件のKANSAI CLASSIC 2018で実際に使用した近鉄バファローズの帽子だ。7月半ばに私の手元に届いた。  

 

オリックス球団は、復刻試合や特別ユニフォームを着用した特定試合のあと、選手着用アイテムにそれぞれサインを入れてオークション販売している。

これまでスルーしてきたが、近鉄とロメロ選手という、"二大好き要素"が合わさっているこの帽子には魅力を感じ、落札できたらラッキー…という軽い気持ちで参加したところ、あっけなくゲットしてしまったというストーリーだ。

ちなみに落札価格は2万円。オーセンティック仕様の近鉄帽(現在売り切れ)自体が12,000円程度なので、無茶な金額ではないだろう。そもそも大好きな選手が実際に試合で使用したアイテム。金額云々を超えた想いで手に取った。

 

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(ロメロ選手ご本人が描いたであろう、十字架と背番号も)

 

この帽子をかぶって打席に立ち、ライトを守り、走塁し、ホームランを打ってヒーローインタビューを受けた・・・

 

自分で帽子を買って、出待ちしてサインをいただくのとはまた違う価値がある。 感無量どころの話ではない。

 

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サインが薄れるのを気にせず、ガシガシ被って球場に通おうと思う。

 

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試合自体についても、ざっくりとさらっておこう。

 

私自身が撮影した画像もあるが、いかんせん球場内では興奮しきりでブレまくっているため、球団公式のものや、きちんと撮影された方の動画もお借りして紹介したい。

 

4月28~30日は、近鉄バファローズvs南海ホークス近鉄ビジターユニフォームで昭和の関西パ・リーグ戦が開催された。結果は2勝1敗で近鉄の勝ち越し。

 

つづいて5月1~3 日は、阪急ブレーブスvs西武ライオンズ戦。こちらもビジターユニフォーム着用で試合を行い、5月の時点で脅威の山賊打線をみせていた西武を相手に、2勝1敗で阪急が勝った。

 

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試合前の球場外では、連日往年の名選手によるトークショーも開催されていた。

画像はピッカリ投法がかつてのチームメイト・野茂英雄投手と深い関係があると語る佐野慈紀元投手。

登壇者だけでなく、近鉄、南海ルックで固めるファンの姿にも注目だ。

 

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かく言う私自身も、観戦前にグッズショップに駆け込んで購入した近鉄ビジターTシャツで気合いを入れて、

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コレクションを増やした。

 

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球場内ビジョンも特別仕様。今年は近鉄電車、阪急電車の車両や駅表示をモチーフにしていてかわらしい印象だった。

 

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後半3日間は、阪急のマスコット、ブレービーにも会えた。

 

そして毎年おなじみの、選手応援歌&球団歌、チャンステーマ復刻も楽しかった。

今年は大阪近鉄バファローズ時代の選手応援歌を中心に復刻されていたが、それに加えて世代的・地域的にあまりなじみのなかった「阪急ブレーブスの歌」もこのシリーズでソラで歌えるようになるなど、全身どっぷりKANSAI CLASSICに浸かった6日間であった。

 

いろんな魅力を感じた中でも、一番の感情のピークは早々に、近鉄vs南海戦 第一戦目で迎えた。

 

動画をお借りしたい。

www.youtube.com

ロメロ選手の打席でタフィ・ローズ元選手の応援歌が演奏されたのだ。

 

試合前から、ローズ選手の応援歌がロメロ選手の打席で流れたら嬉しいな…とひそかに期待はしていたところ、まさか実現するとは。

ローズ選手を応援していた20年前と、ロメロ選手来日以降の熱。いろんな思い出や想いがブワっと脳内を舞ったあと、

 

ああ、世代交代や。もうタフィを捜さんでええわ。

 

とストンと納得した瞬間だった。

 

過去に大活躍し、再来日して、そしてまたいなくなったタフィ。それはそれで思い出として大事にするとして、私はロメロ選手を応援することで、”今"の野球ファンとして生きて行こうと決意したシリーズだった。

 

大げさかもしれないが、毎年いろんな決意をさせてくれる、このKANSAI CLASSICが大好きだ。

 

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(今回の帰省時に見つかったタフィのサイン)

 

好きな選手との出会いと別れは、野球ファンにとっては避けることのできないものだろう。頻度は少ないけれど、昔応援していた選手を彷彿させ、好きな気持ちを超える新たな選手との出会いが訪れるチャンスは、ゼロではない。

一生のうちに「その二人の選手」にめぐり会えた自分は、かなり幸福な野球ファンだと言えるだろう。

 

 

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さて、2018年8月。

オリックスバファローズは苦しい状況であるが件のロメロ選手は、打てない時期を経て、またホームランを量産し始めているように見える。

 

ロメロ選手はタフィを超えるだろうか。

もうタフィは捜さない、という心境に落ち着いた一方で、ロメロ選手にはタフィを超える活躍を重ねてほしいと願っているし、信じている。

ロメロメロメロ!を何度も言える8月、9月、10月でありますように。

 

 

記録はつづく

仰木の扇

少しずつ記録を続けている昔の野球カードのなかに、紙の扇子が混ざっていた。 

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仰木の扇。

あんまりうまいこと言えてないけれど。

 

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1995年、グリーンスタジアム神戸(現ほっともっとフィールド神戸)での、オリックス・ブルーウェーブ戦のチケットと封筒も。

まとめて保管されたいたので、扇も同年の試合にて配布されたのかもしれない。 

 

以前からこの扇の存在には気づいており、いつかブログで書こうと思っていたのが、このタイミングになった。

 

2018年6月18日朝、関西で地震が発生した。

場所や規模に関わらず、もう地震や災害はカンベン、の一言に尽きる。

去年からオリックス応援がきっかけで帰ることが多くなった関西方面。野球を観に行くだけでなく、ボランティア活動などにどんどん参加しようと思う。 

同じようなことをSNSでも投稿しているのだが、これは他者への呼びかけやアピールという意味合いよりも、自分自身の行動宣言として発言している部分が大きい。

私自身、阪神淡路も東日本大震災とも眼前で経験した。怖かったし、大変だったのに、

年月が経てば忘れてしまう。

できることをしよう!と決意しても、時間はその熱を冷ましてしまうから、細かく自分の意識に刺激を入れる必要がある。

 

チケットにも記載されている"がんばろう神戸"のスローガンみたいに、被災された方はじめ他者に対して「がんばろう」なんて私は言いたくないけれど、「ばんばろう自分」という言葉は静かに掲げておきたいと思う。

 

少しカタくなったが、いつものように扇の裏面なども記録しておきたい。

 

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ブラウン管時代の東芝テレビの広告。野球場入り口での配布物上で、読売ヴェルディラモス瑠偉氏が躍動している。 

これが配布されたであろう90年代初頭は、Jリーグブーム真っただ中。野球観戦者数も、プレー人口もガクっと減った。

私は当時大阪の小・中学生だったが、野球好きのクラスの男子が誇らしげに持って来ていた阪神タイガース・亀山、新庄などの下敷きが、カズや北澤のものに替わっていくさまが、結構さみしかったのを覚えている。

1995年、被災地・神戸でのオリックスのリーグ優勝は、陳腐ではあるが、感動的だった。"仰木マジック"には子供ながらに魅了されたし、在籍していたイチローはじめとする選手の活躍で野球人気も徐々に回復したように記憶している。

 

扇はもう1パターンある。

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ブルーウェーブのマスコット、ネッピーに、

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原色の衣装に身を包んだミポリンこと中山美穂・・・。

東芝のスポンサー試合で配布されたのだろう。いろんな意味で時代を感じる扇である。 

 

せっかくなのでもう少し掘り下げておこう。

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胴上げ選手の中央に映る背番号2の馬場選手は、藤井寺球場近鉄ファンのおっさんに

「馬場~ ケツにババついてるぞ~」

というヤジを浴びせられていたのが忘れられない。

現在は西武ライオンズのコーチを務められている。球場で拝見するたびヤジを思い出して、えもいわれぬ気持ちになってしまう。

 

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なんてことのない、チケットの裏面。

自分の調査力のなさもあって、恥ずかしながらこの最終戦のカードがわからずにいる。近鉄ファンの知人から譲り受けたものだから、おそらくオリックスvs近鉄だったのだろうか。(ちなみにこの年の近鉄バファローズは、なんと最下位)

 

"1995年 オリックス" で検索して色々と調べてみると、仰木監督もさることながら、この年のオリックス在籍選手はそうそうたるメンバーであり、そして現在のオリックスバファローズの首脳陣メンバーとしてずらりと並んでいることが、誇らしかったりする。

近鉄ファンからすると、阪急・オリックス色が濃厚でさみしい部分もあるけれど。

 

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今後も好きな野球を楽しみ続けるために、備えておこうと思う。

 

繰り返しになるが、「ばんばろう自分」を静かに掲げながら、記録はつづく