タフィ・ローズを捜しています

80年代、90年代のプロ野球の記憶を記録していきます。最愛の野球選手であるタフィ・ローズに再会するその日まで。たまに野球以外の記録も。

1998年 横浜スタジアム開幕戦の思い出

すこし前に実家から引きあげてきた野球グッズを整理していると、約20年前に、横浜スタジアムでのペナントレース開幕戦に出向いた時の品が出てきた。

 

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 バックスクリーンの写真1枚と、

 

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入場時にもらったスケジュール帳。

 

今日はこれらについて記録したい。

 

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タイトルにもある通り、上記の写真は1998年4月3日(金)に横浜スタジアムで行われた、セントラルリーグ公式戦開幕試合を観にいった時のものだ。

厳密に言うと、野球ではなく、当日始球式を務めたスピードスケート選手の清水宏保氏を観に行ったというほうが正しい。

 

同年に行われた、長野冬季オリンピックにおいて、メダルラッシュをもたらしたひとりである清水氏。クラスメートに熱狂的な清水ファンがいて、野球好きの私を同行者として任命し、春休みを利用して始球式観覧の運びとなったと記憶している。

当時住んでいた大阪から横浜まで、高校2年生にとっては決して安くはない球場チケットと夜行バス代を払って、人生初の関東弾丸旅行をキメたのだ。

 

バックスクリーン以外にも、横浜の風景を"写ルンです"で撮りまくった。

今では利用頻度が減った写真屋で現像してもらい、プリント後は当時流行していたミルキーペンでデコレーションしまくったが、ここでの掲載は割愛する。理由はデコりすぎて写真が汚いことに加え、当時大ブレイク中だった広末涼子を意識した髪型・表情で写る自分自身が痛々しいからだ。

 

バックスクリーンの写真にはなしを戻そう。

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(この写真も御多分に漏れず、ミルキーペンでHIROYASUと日付の文字が書かれている。英語で書けばかっこいいと思っていたのもうっすら恥ずかしい)

この日のカードは、横浜ベイスターズ阪神タイガース。ビジョンに映っているのは野球選手ではなく、ベイスターズのユニフォームを着た清水宏保氏だ。

スタメンは、新庄、藪、石井琢にローズ、谷繁・・・なんと懐かしい&輝かしい面々だろう。

あくまでメインは始球式で、また当時は近鉄バファローズを応援していたこともあり、この日はどちらを応援するわけでもなかったため、フィールドや選手の様子を撮った写真が1枚も見当たらないのが、なんとも惜しい。

 

オレンジががった電光文字もまた懐かしい。横浜スタジアムに限らず、LED普及前後で各球場のスクリーンは大きく様変わりしたように思う。

 

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参考:横浜スタジアム近影

公式サイトによると、バックスクリーンが刷新されたのは2013年。それに先立つ2012年、外野フェンスにもぐるりと細いスクリーン(リボンビジョンというようだ)が設置されており、現地観戦するとにぎやかなビジュアルが楽しい。

 

 

つぎに、スケジュール帳をじっくり見ていきたい。

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今は引退したマスコット・ホッシー。”YOKOHAMA Spirit No.1” がこの年のスローガンだったのだろうか。

 

ページ順にスキャンしたものを掲載する。

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年間カレンダーと球団連絡先、

 

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つづいて公式戦日程のページ。釧路と帯広の球場でも試合をしているのが興味深い。セ・パ交流戦がまだない時代。

 

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1998年4月から1999年3月までの月間スケジュール(ベイスターズ選手誕生日情報付き)がつづき、

 

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アドレス帳のページ。紙のアドレス帳、すっかり使わなくなったなあ。

 

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巻末はチームのデータが掲載されている。監督は、就任1年目の権藤博氏だ。

 

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記録達成選手一覧。のちのメジャーリーガー、佐々木主浩投手がもうすぐ記録達成しようとしていた。

 

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グッズショップの案内と、球団歌に応援歌。球団歌は今でもラッキーセブンなどでよく耳にするが、3番まで歌う機会はあるのだろうか。

 

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最後のページはイースタンリーグと、入場料の案内。席のバリエーションがシンプル。

 

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裏表紙。

 

 

この手帳に当日のチケットが挟まっていた!

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と思ったら、「お買上計算書」だけだった。内野自由席2枚を買ったものと記憶している。まあでも、手帳含めて約20年間、よくぞ保管に耐えてくれたものだ。

 

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この日は始球式を見届けたあと、試合自体は5回ぐらいまで観てから清水氏の出待ちをして、そのあと夜行バスで大阪に帰ったように記憶している。

 

人生で初めての夜行バス、初めての関東旅行、初めての横浜スタジアムという"初めて尽くし"で、横浜は思い出深い場所となった。

そして1998年はベイスターズが日本一に輝き、夏の甲子園でも横浜高校が優勝したこともあり、特に野球シーンで「アツいヨコハマ」の一年となったのだ。別の目的で出向いたけれど、そんなアツい年が開幕する瞬間に立ち会えてうれしかった。

 

これらの要素のせいか、横浜に出向く際は、未だ無性にワクワクしてしまう。

 

この旅行に同行したクラスメートは、高校卒業とともに付き合いが薄れ音信不通になり、私自身も上京するなど、この20年でいろんな変化を経験したわけだが、「野球が好き」という一本柱は変わらないままである。

 

記録はつづく